江東区住吉駅にある美容室Sugar(シュガー)

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日本人の自己肯定感が低いのは戦後の偏向教育が原因かも?

  • シュガーのサトウからお客様に伝えたい事

こんにちは。ヘアサロンSugarのサトウです。

 

今回は、日本人の自己肯定感が、

 

すごく低いんじゃないかと、

 

私はヘアサロンを運営して、多くの

 

女性のお客様に接してきて、

 

思っていたのですが、

 

その原因の1つに、学校で教えている日本の

 

歴史観や、自尊心を育む様な教育を

 

そもそも義務教育の10代の段階でされて

 

いないからのでは?という推測を元に

 

今回のブログを執筆させて頂きます。

 

私はヘアサロンを1人で運営するにあたり、

 

日本人女性に自信を持って頂きたいという

 

「志」(こころざし)を持っております。

 

そして、自信を持って自分を卑下する事なく、

 

自分自身の心が満たされた時に、

 

周りの人達を助けられる、または否定や

 

攻撃をしない様な人間性が育まれるのでは

 

ないかと思っております。

 

これは日本人男性にも当てはまると思います

 

そして、義務教育やテレビ、オールドメディア

 

で報じない事の1つ、

 

太平洋戦争の日本の報道の仕方に、

 

日本人が誇りを持てない理由の

 

1つなんじゃないかと仮説を立てました。

 

 

日本人の自己肯定感の話なのに、

 

過去の戦争の話?ちょっと関係ないんじゃない?

 

そう思われた方もいるかもしれません。

 

それは、そもそもテレビ、新聞、メディア

 

などが、日本人が世界と比べて優れている

 

部分を報道していない様に思われるんです

 

よね。

 

むしろ、戦争を起こして他国を侵略した

 

「黒歴史」を持っている民族なんだ、

 

と勘違いしている人もいるかもしれません。

 

「私は誇り高き日本人である」

 

という意識がとーっても薄い様に感じるです

 

よね。

 

そして、

 

「日本って、あの時の戦争は意味があった!

 

日本人として自分は誇りに思うよ!」

 

•••と、思う方ってかなり少数派だと

 

思われます。

 

そこで、今回の記事では、何故日本が

 

戦争を起こしたか、太平洋戦争をとうして

 

日本が世界にどの様な影響を与えたかを

 

記述していきたいと思います。

 

 

 

参考資料はこちら、

 

「新大東亜戦争肯定論」

 

「ひと目でわかるGHQの日本人洗脳計画

の真実」

 

あと、チャットGPTから情報を得て、

 

記述させて頂きました。

 

 

 

戦後の偏向教育

 

日本人の自己肯定感は、戦後の偏向教育

 

だけではないと思いますが、幾つかある

 

原因の一つではないかと、

 

私は思っております。

 

(他の要素は日本人の遺伝的なもの、

セロトニントランスポーターS型という繊細で心配症な性格になる遺伝子が日本人は多い。

もう一つは、謙虚さが美徳であるという日本の文化。自分を主張する事は卑しい事だという文化があるので、自信が育ちずらい、という

原因もあります)

 

●戦後GHQにより日本人が誇りに思える

様な教育を改善された

 

GHQという組織はご存知でしょうか?

 

日本で日米戦争が終わり、占領期の1945年

 

から1952年までいた、

 

General Headquarters, Supreme Commander for the Allied Powers

 

日本後に訳すと

 

連合国軍最高司令官総司令部

(れんごうこくぐん さいこうしれいかん 

そうしれいぶ)

 

こういったGHQという組織が、日本の学校

 

教育の内容を改変してしまったんですね。

 

その具体的な内容がこちら

 

①日本は戦争の「加害者」である

 ※加害者(他人に危害や損害を与えること)

 

②「郷土愛」や「国家の歴史的功績」よりも、       「戦争責任」と「平和主義」を強調。

 

③明治以降の産業発展、文化の輸出、

国際貢献など肯定的歴史が教科書から

大幅に削除された。

 

こちら、わかりやすい言葉に直すと

 

①日本人は戦争を侵略する為に自ら起こして

 

アジア諸国で悪いことをした民族だ!

 

 

②歴史ある日本各地の文化や、

 

日本が各国にしてきた良い事を教えず、

 

戦争で悪い人(悪いと認定された人)を伝えて、

 

戦争を起こした理由を知らせず、とにかく

 

平和が大事なんだ!

 

③今までの日本がどの様に発展していき、

 

どの様な文化が発達し、輸出されたか、

 

教科書から消して

 

「日本人ってこんなに凄いんだ!」って

 

思わせない様にしよう!

 

 

こんな策略をGHQはしたんですね。

 

GHQは1945年から1952年までの7年間いた

 

わけですが、結構短い期間で

 

日本人の洗脳が完了したわけですね。

 

もちろん日本の協力者もいたでしょうが

 

やはり情報統制というのは怖いものだと

 

思いました。

 

 

日本は戦争を起こした悪者?

 

では、日本が戦争を始めなければならなく

 

なった理由を簡単に説明させて頂きます。

 

 

1930年代、日本は約6500万人の人口が

 

いました、国内だけで経済を回すと、

 

3000万人の日本人しか養えないという

 

当時の経済学者や軍部の試算もありました。

 

そしてこの当時の日本人の大多数は

 

「農民」でした。貧しかったので、

 

日本国内で工場で工業製品を作っても、

 

貧しい農民が多かったので、

 

買えなかったんですね。

 

ですから当時の日本はイギリスとイギリスの

 

植民地である東南アジア、それとアメリカに

 

輸出をする事で国益を得ていました。

 

そして、農村から都会にでてきた

 

若者が、輸出産業の低賃金労働者として

 

12時間位働いていたそうです。

 

そんな日本人の頑張りが功を奏して、

 

綿布の輸出量で世界一になりました。

 

 

ですが、アメリカがスムート・ホーリー法

 

という法律を作り、アメリカ以外の国から

 

輸入する商品に高い関税をかけたのです。

 

 

そしてさらに、イギリスが

 

スターリングブロックというイギリスとその

 

植民地内だけを優遇する経済圏をつくり、

 

オタワ会議という会議でその経済圏以外

 

の国からの輸入品に、これまた高い関税を

 

かけたのです。

 

 

綿布製品で世界一の輸出国になりました。

 

アメリカは高関税で利益が出ません。

 

そしてイギリス、その植民地であるインド、

 

東南アジアも、高関税で売れません。

 

輸出品で利益が出ない状況になって

 

しまいました。

 

ここで、「関税」という仕組みについて説明

 

させて頂きます。

 

1930年代、日本は「綿糸(めんし)」や

 

「綿布(めんぷ」の世界のシェアの40%を

 

締めていました。

 

例えばの例ですが日本製の「綿布」を

 

1000円でアメリカに売るとします。

 

しかしストームホーリー法により、最大75%

 

の関税がかけられたので、750円の関税を

 

アメリカの買取業者が、アメリカ政府に

 

払うのです。すると、

 

日本から買い取った綿布に、

 

アメリカの業者は日本に1000円,

 

アメリカ政府に750円、計1750円支払う

 

事になります。

 

アメリカの業者は1000円の利益が欲しい

 

としたら、日本から輸入した綿布を

 

2750円でアメリカ市場に販売することに

 

なります。

 

しかし、アメリカ国内の綿布生産者が、

 

同じく1000円でアメリカの綿布業者と

 

取引したとします。

 

アメリカ国内の生産者から買えば、関税

 

はかかりません。2000円の値段で売っても

 

同じく1000円の利益が出ます。

 

そうしたら、2750円の日本製綿布より、

 

2000円で販売しているアメリカ製綿布の

 

方が売れてしますので、日本製綿布は

 

買い取ってもらえず、貿易的に大打撃を

 

受けました。

 

これではせっかく日本の工場で作っても

 

輸出で利益を生み出す事はできませんよね。

 

これが当時、日本が受けていた経済制裁です。

 

 

では、やっぱり国内の需要だけでなんとか

 

ならないのかと思われるかもしれませんが、

 

1930年代前半の日本は本当に貧しかったのです。

 

労働力や会社員という職業はかなり少数派

 

で、ほぼ農民だったので、高いものは

 

買えなかったのです。

 

若い女性は家族にお金を捻出する為に

 

売春をせざるおえない状況でした。

 

当時1930年代の法律では、売春を禁じる

 

法律がなかったので、東北の農家の若い女性

 

が都会で性接待をさせられたそうです。

 

 

明日食べるものがない子供達を

 

欠食児童と呼ばれる流行語ができ、

 

 

飲食店の残飯を普通のサラリーマンが

 

漁るという事が報道されていました。

 

 

農産物価格は前述した高関税やスターリング

 

ブロックが起こる前の半分程になり、

 

失業率は約30%、大卒の就職率40%

 

東大卒の方がやっと路面電車の運転手!

 

 

江戸時代末期の日本の人口が3000万人、

 

1930年代の人口は6500万人ですので、

 

3500万人が飢え死にしてしまうかも

 

しれないという状況になりました。

 

(実際、第二次世界大戦で亡くなった日本人は

 

310万人、つまり戦争した方がマシだった

 

という事です。)

 

 

そこで目をつけたのが、満州でした。

 

他の国が貿易の相手をしてくれないなら、

 

自国の力で新しい市場を開拓しようという訳です。

 

その甲斐があり1932年には

 

対満州貿易の規模が6〜7億円、

 

1940年頃には10億〜12億になったそうです。

 

つまり、満州進出は、もともと豊かなのに

 

更なる利益を追求するのではなく、

 

日本の国民を飢えさせない様にする為に

 

新しい市場を開拓するしかなかったのです。

 

ここまでが満州への日本軍の侵攻理由になり

 

ます。

 

余計な豊かさへの「侵略」ではなく、

 

日本人を飢えさせない為の「市場開拓」だった

 

事は、ご理解して頂けたでしょうか?

 

そしてアメリカとも戦争開戦が始まります

 

満州の事情は何となくわかって頂いたと

 

思うのですが、アメリカとはどうして戦争

 

を起こしたのでしょう。それにも、

 

満州と同じく、「理由」があったのです。

 

 

・フライングタイガースでの攻撃

 

フライング・タイガース(Flying Tigers)」

 

とは、アメリカ義勇航空隊の通称で、

 

これらの戦闘機部隊100機

 

が、中国の昆明(こんめい)でいきなり

 

日本軍を攻撃したのです。

 

で、日本政府がアメリカに問い詰めたところ、

 

「あれは民間人の私的な行動だから、

 

アメリカ政府は関係ない」と言われたそうで、

 

そもそも民間人が戦闘機100機買えるのは

 

まずあり得ないでしょうし、当時のアメリカ

 

政府の後ろ盾があったと推測して不自然では

 

ないと思います。

 

当時の満州市場はアメリカも狙っており、

 

中国側に味方をする事で、日本からの

 

満州市場獲得を狙っていたんですね。

 

 

つまり、日本が真珠湾攻撃、ハワイを

 

警告もなしに攻撃したから、日米戦争に

 

なったというのは、違うという事になります。

 

先に手を出してきたのはアメリカです。

 

この事は公のメディアではおそらく報道

 

されてないかと思います。

 

 

・日米通商航海条約の破棄

 

日米通商航海条約(1894年〜1940年)は、

 

日本とアメリカの貿易関係を安定させる

 

「ルールブック」の様な条約でした。

 

この条約を1894年から実施され、日米の

 

関税や輸入規制で優遇し合う約束だったの

 

ですが、1939年7月にアメリカ側が破棄の

 

通知をし、1940年1月に失効されました。

 

そこから段階的に日本への輸出を止めていきます。

 

•1940年7月:航空機用ガソリンの対日輸出禁止

 

•1940年10月:鉄屑・くず鉄の対日輸出禁止

 

•1941年7月:在米日本人の資産凍結

 

•1941年8月以降:石油禁輸

(実質的に対日全面経済封鎖)

 

ガソリン、鉄、石油が輸入されないと

 

銃も作れない、船も動かせないので

 

満州や東南アジアにも行けない、

 

そして電気も起こせなくなるんですね、

 

当時は原発はありませんでしたし、

 

水力発電の電気は微々たるもの、

 

火力発電をするためには石炭を使うのですが

 

着火の際には輸入しないと手に入らない

 

重油を使っていたので、輸入が止まると

 

日本で電気が使えない、という事になります。

 

アメリカからの重要資源の輸入ができないと

 

軍備も整えられませんし、戦闘機を空に

 

飛ばすための燃料も賄えません。

 

 

そして、「ハル•ノート」という外交文書が

 

1941年11月26日にアメリカから提示されました

 

1.    中国・仏印

(現在のベトナムなどインドシナ)からの日本軍の全面撤退

 

2.    満州国の否認

(=日本が作った満州国を承認しない)

 

3.    日独伊三国同盟の実質的な放棄

(ドイツとイタリアとの同盟を認めない)

 

 

 

この様なイジメみたいな条件をだされたので

 

日米開戦、真珠湾攻撃 (1941年12月8日)

 

へとつながります。

 

 

で、ここまで読み進めていただいた方は

 

もしかしてこんな疑問が湧いたのでは

 

ないでしょうか?

 

満州の進出は日本人を飢えさせない為という

 

のはわかるにしても、石油や貿易を止められ

 

るとしても、戦争までしなくても何とか

 

国内内需でやっていく道はなかったのか?

 

と思われるのではないでしょうか?

 

たとえ高度成長経済が果たせないとしても

 

ブータンの様に貧しくとも戦争しないで

 

江戸時代の延長の様な生活で良ければ、

 

ハルノートの条件を飲んで戦争しないという

 

道もあったかも知れません。

 

ただ、日本が戦争に踏み切った

 

「理由」があったのです。

 

①やっぱり餓死者が出る。

 

上記にも記述しましたが1930年の日本は

 

人口約6500万人、1941年、真珠湾攻撃

 

からの日米開戦をした年には日本の人口は

 

約7300万人に増えていました。

 

限られた食糧を大人数で分ければ餓死者が

 

出ます。前述した様に江戸時代後期は

 

3000万人だったので、国内で自給自足を

 

して7000万人を賄うというのは無理だと

 

思います。

 

満州からは大豆、トウモロコシを

 

日本に輸入していましたし、海外貿易が

 

ハルノートの条件を飲むとそれが途絶えて

 

しまいます。

 

これが本来の戦争と呼ばれるものです。

 

戦争をしないで死ぬ人数が(飢餓などで)

 

戦争をして死ぬ人数の予想を上回ったとき、

 

(日米戦争では310万人の日本人が死亡)

 

損得勘定から考えて人間は戦争を選択します。

 

 

 

②人種差別の撤廃

 

当時、アメリカとイギリスは

 

有色人種に対して持つ白人の差別意識は

 

きわめて強かったのです。  

 

イギリス人は1770年頃に初めて

 

オーストラリアに上陸し、植民地にしたの

 

ですが、1931年(昭和6年)までアボリジニを

 

狩猟の対象にしていたという記録があり、

 

非公式な人間狩りが黙認されていた事実が

 

ある様で、約6000人のアボリジニが虐殺

 

された可能性があるという記録もあります。

 

他にもイギリスはインド、南アフリカ、

 

マレーシア、シンガポール、香港、エジプト、

 

アイルランド等に植民地侵攻をしており、

 

法と秩序の名で現地支配を正当化しつつ、

 

経済的収奪と差別を制度化していたのです。

 

 

そして、アメリカは

 

アフリカから連行して来た黒人奴隷を

 

アメリカに連れてくる事で、農業、鉱山労働

 

をさせる事で経済を発展させて来た歴史が

 

あります。

 

セネガル、ガンビア、ナイジェリア、アンゴラ、コンゴ、ガーナ、ベナン

 

などの西・中央アフリカから連行され、

 

16〜19世紀の間に、約1,200万人以上 の

 

アフリカ人が大西洋を渡ってアメリカ大陸に

 

連行され、そのうち約200万人が航海中に

 

死亡したとされています。

 

そうした黒人奴隷を、

 

砂糖プランテーション、サトウキビ畑

 

鉱山労働、綿花、タバコ等の

 

生産に従事させ、三角貿易を形成しました。

 

•    アフリカ → 奴隷 → アメリカ大陸

 

•    アメリカ大陸 → 砂糖・コーヒー・綿花 → ヨーロッパ

 

•    ヨーロッパ → 武器・布製品 → アフリカ

 

この様に当時の白人たちが政治を収める国

 

では、有色人種の国を尊重するような考えは

 

なく、奴隷にして働かせたり搾取や虐殺をする

 

対象だったんですよね。

 

今はもちろん違いますが、こういった考え方を

 

当時持っていた国が日本に攻めてくると言う事

 

は、攻めてきた国に男性は奴隷にされたり、

 

女性はレ◯プされたりする事は避けられない

 

ことだと思います。

 

奴隷になると言う事は、選挙権もなし、

 

お給料ももちろんもらえません。

 

最低限生きていくだけの住居が与えられ、

 

アメリカはキリスト教ですから、改宗させら

 

れていたかもしれません。

 

こんな当事の白人文化がある対戦国と、

 

日本は戦争する、という意味は

 

①日本人を飢え死にさせない為

 

②有色人差別が残っていた白人文化からの防衛

 

この点は理解して頂けたでしょうか?

 

そして1941年12月に当時のハワイ、

 

真珠湾に攻撃を仕掛けてからアメリカとの

 

戦争が正式に始まりました。

 

ここからは地域別にざっくりではありますが

 

どの様に戦争が進んでいったのか解説します。

 

 

対アメリカ戦、東南アジア

 

アメリカからの石油が止められたので

 

日本は石油資源を求めて東南アジアに

 

進出しました。そして日本軍は大義名分

 

としては「侵略」したのではなく、「進出」

 

したのです。

 

当時は天皇陛下の名の下に、

 

八紘一宇(はっこういちう)という理念で

 

戦争をしていました。

 

全世界(八紘)の人々は、一つの家(一宇)

 

つまり、人種差別で自分達が優れていて、

 

負けた国は奴隷でいいんだ、という考え方では

 

なかったという事ですね。

 

(もちろん全員の日本人が善意のもとで戦争

 

していたわけではないと思いますが)

 

 

東南アジアへ進行した日本軍

 

当時のフィリピンはスペインからアメリカに

 

宗主国が変わっており、アメリカからの弾圧を

 

受けていました。

 

欧米からの輸入ができなくなったので

 

石油、ゴム、錫(すず)などの資源を求めての

 

進行となりました。

 

•    1941年:日本がフィリピン侵攻

 

•    1942年:占領成功

 

•    1944年:アメリカ軍反攻

 

•    1945年:日本軍敗北・終戦

 

 

ちなみに、フィリピン戦での米軍による

 

マニラ(フィリピンの首都)への凄まじい

 

砲爆撃は戦後、NHK日本人洗脳ラジオ放送

 

『眞相箱』で、真逆に日本軍が行なったことに

 

され、日本人はそのように信じさせられて

 

いるそうです。

 

アメリカ側は自身の悪い事を隠し、

 

日本軍を悪者に仕立て上げて

 

自虐感を与えて自責の念を植え付けたかった

 

のでしょうね。

 

※書籍、「ひとめでわかるGHQの日本人洗脳

計画の真実」より

 

 

ミッドウェー海戦

 

1942年6月4日から7日にかけて、

 

ミッドウェー島周辺でアメリカ海軍と

 

海上での交戦となりました。

 

ミッドウェー島とは日本とハワイの中間地点

 

より少しだけハワイより、といった

 

もう太平洋のど真ん中ですね。

 

東京ディズニーランドとディズニーシーの

 

6個分、6.2キロ平方メートル。

 

人口は2500〜3000人で、家族帯同の定住者

 

はおらず、アメリカの軍人さんしかいない、

 

小さな島です。

 

この辺りでミッドウェー海戦が繰り広げられた

 

という事です。

 

日本は空母4隻

 

赤城・加賀・蒼龍・飛龍

 

という空母を保有しており、

 

アメリカは

 

エンタープライズ・ホーネット・ヨークタウン

 

という空母3隻との戦いになりましたが、

 

残念ながら日本の空母は4隻とも沈没され

 

アメリカ側はヨークタウンのみの沈没、

 

これにより日本は主力戦力による空母4隻も

 

失い、当然資源の乏しい日本はこの後、

 

追加で空母を作る余裕はなかったでしょうし

 

選局的に窮地に立たされました。

 

 

沖縄戦

 

沖縄戦は、

太平洋戦争で最大かつ最も悲惨な地上戦

 

であり、日本本土決戦の前哨戦となりました。

 

 

    期間:1945年3月26日 ~ 6月23日

(米軍上陸:4月1日)

 

場所:沖縄本島および周辺諸島

 

交戦:日本軍(第32軍) vs アメリカ軍

 

性格:大規模な陸・海・空の総力戦

 

 

なぜ沖縄が戦場になったのかと言いますと

 

アメリカ側の目的は日本本土、九州、本州

 

への前進基地が欲しかったのです。

 

そうすることで日本本土への爆撃拠点の

 

確保をして、制空、制海権を握って

 

侵略を有利に進めたかったのです。

 

日本側の立場としては沖縄を本土防衛の

 

防波堤と位置付け、本土決戦までの

 

時間稼ぎをし、出来るだけ米軍に損害を

 

与える消耗戦を狙っていました。

 

日本軍は役10万人の正規兵と、動員された

 

住民(防衛隊、学徒隊)で、約3万人、

 

計約13万人。

 

対してアメリカ軍は50万人、

 

米艦隊は 約1,300~1,500隻来ていたそうで

 

勝てるわけがありませんね。

 

地形が変わるくらいの戦艦砲撃を当時の

 

沖縄は受けていたそうです。

 

そして沖縄戦終結

 

1945年6月23日、牛島満司令官が自決

 

組織的戦闘は終結。

 

1945年、3月には東京大空襲があり、

 

死者10万人、以後、

 

全国主要都市が焼夷弾攻撃

 

 

そんなこんながあり、

 

1945年7月26日、日本はポツダム宣言を

 

通告されました。

 

ポツダム宣言の内容は、

 

•    日本軍の無条件降伏

•    日本の主権は本土に限定

•    戦争犯罪者の処罰

•  日本の民主化

 

当時の敵対する連合国の首脳によって

 

発表されたんですね。 

 

当時の首脳は

 

    •アメリカ:トルーマン大統領

    •イギリス:チャーチル首相

  (のちアトリー首相)

    •中華民国:蒋介石(しょうかいせき)

 

この人達が、ポツダム宣言を宣告した、

 

という事ですね。

 

この様な内容の通告を出されましたが、

 

当時の日本の内政は軍部、政府、天皇と

 

内部の意思決定が麻痺している状態で、

 

なかなかすぐに返答が出せなかった様です。

 

そして1945年8月6日、

 

広島に原爆を落とされ、

 

即死:約7万人、年内死者:約14万人

 

8月9日、長崎にも原爆を落とされました。

 

即死:約4万人、年内死者:約7万人

 

そして時同じくして8月9日に

 

ソ連が満州、樺太、千島列島の日本領土へ

 

侵攻してきました。

 

もう立て続けに日本は大ピンチとなった

 

わけです。

 

あまり知られてないかもしれめせんが、

 

このソ連からの侵攻が終戦の決定打になった

 

ようです。

 

何故なら、本土決戦になれば

 

•アメリカ+ソ連に挟み撃ちされる

 

•天皇制存続の可能性が消える

 

•北海道分割占領の恐れ

 

南の沖縄はアメリカに陥落されましたよね。

 

北の樺太、千島列島もソ連によって陥落。

 

このまま抵抗を続けていくと、日本民族

 

は息絶えてしまうかも知れないという状況下で

 

当時の昭和天皇は聖断をされました。

 

終戦(1945年8月15日)

 

玉音放送

 

•    初めて国民が天皇の声を聞く

•    内容は難解だが、事実上の降伏宣言

 

 正式な降伏(1945年9月2日)

 

場所

    •    米戦艦ミズーリ号(東京湾)

 

内容

 •日本政府・大本営が降伏文書に署名 

 

 •太平洋戦争の正式終結

 

 

以上が、ざっくりした流れですが、

 

日本がどの様に太平洋戦争をしてきたかを

 

説明させて頂きました。

 

で、どうしてヘアサロンのブログで、

 

美容と健康の話ではなく、

 

太平洋戦争、当時の日本人の呼び方での

 

大東亜戦争のお話をさせて頂いたのかと

 

言いますと、

 

改めてお伝えしますが、日本人には

 

自信がない方がとても多いです。

 

そして自信の源となるアイデンティティの

 

一つに「国」というものがあると思います。

 

そして私たちは「日本人」です。

 

その日本人が、過去に東南アジアや満州で

 

「侵略の為の戦争」をしてた悪い民族なんです

 

と、いう反日教育を受けて、日本人が

 

誇りと自信を持てない様に教育されて

 

きたのです。

 

ただ、書籍を読み、インターネット、

 

YouTube、SNSなどから情報を得ると、

 

どうやらそれは当時のGHQからの洗脳教育

 

の様です。

 

当時の日本は「侵略」の為に戦争してた訳では

 

ないんですよ。

 

①当時、約7000万人の日本人を飢え死に

 

させない為(輸入を止められたから)

 

②当時の欧米は人種差別は当たり前、

 

大人しくしていたら普通に植民地にされて

 

ます。実際、日本の近隣のアジアの国々は

 

そうでしたし、植民地にされたら

 

虐殺、強姦、文化の破壊は当たりの様に

 

起きてました。

 

当時の軍部、政府、天皇はそれを阻止する為に

 

大東亜戦争を始めたのです。

 

③東南アジアへの進出も、資源獲得という

 

目的もありましたが、欧米の国々からの

 

植民地の解放の為の戦争でもあったので、

 

大局的な戦争には負けましたが、日本が

 

戦争を仕掛けたのがきっかけで、

 

フィリピン等の国々が独立する事が

 

出来ました。

 

 

如何でしょう。私達、日本人は

 

過去に悪い事をした民族ではない、

 

むしろ当時の白人社会の人種差別からの

 

侵略からアジアを守った、

 

誇り高き民族だという事は

 

何となくでも理解して頂けたでしょうか。

 

日本人の自己肯定感が低いのは、

 

戦後の自虐洗脳の影響は、私は大きいんじゃ

 

ないかと思います。

 

日本人、私たちのご先祖様は、

 

日本人と日本を守るため、

 

そして近隣アジアを欧米からの

 

植民地解放の為に、他国の為に戦った

 

誇り高い民族です。

 

そんな血を継いでいる日本人なのですから、

 

誇りと自信を持って生きて行きましょう!

 

 

 

今回の参考文書

 

新大東亜戦争肯定論

https://amzn.asia/d/7SIUiw6

 

ひと目でわかる「GHQの日本人洗脳計画」

の真実

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ひと目でわかる「戦前日本」の真実

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※書籍、インターネット、チャットGPTからの情報をまとめた上での個人的主観になります。

サトウ ゴーイチ

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